寝るのが下手になった、という自覚だけはあった
いつからなのかは、正直どうでもいい。
気づいたら、そうなっていた。
「最近眠れてない」
という言い方だと、ちょっと違う。
眠れてはいる。
翌朝も起きている。
仕事にも行っている。
だから問題は、ない。
ただ、
寝るという行為そのものが、下手になった
という感じだけが残っていた。
前は、もっと雑だった。
良い意味で。
布団に入って、気づいたら朝、みたいな日もあった。
今は違う。
布団に入るところから、もう少し構えている。
歯を磨く。
部屋の電気を消す。
スマホを置く。
アラームを確認する。
ここまではいい。
問題はその先。
目を閉じてから、頭のどこかがずっと起きている。
考え事、というほど立派なものじゃない。
明日の予定でもない。
悩みでもない。
ただ、
「ちゃんと寝れてるかどうか」を確認している自分
がいる。
これ、寝るときに一番いらないやつだ。
寝ようとしている人間が、
「今、寝れてるかな?」
と確認している。
そりゃ下手になる。
寝返りも増えた。
枕の位置が気になる。
布団の端が気になる。
暑い気がする。
寒い気もする。
全部、決定打じゃない。
でも全部、邪魔。
この一個一個を直すほど、本気でもない。
だから余計に、放置する。
「まあ、こんなもんか」
という言葉で、毎晩を終わらせる。
この「まあ」が増えたとき、だいたい人は下手になっている。
運動不足とか、
生活習慣とか、
そういう正論は一旦置いておく。
僕の場合は、ただ単に、寝るのが上手じゃなくなった。
それだけだった。
朝、目がぼやぼやする理由を考えたことがなかった
朝になると、目は開く。
ちゃんと見える。
字も読める。
だから、問題があるとは思っていなかった。
ただ、起きた直後の目が、妙に頼りない。
世界がぼんやりしている。
ピントが合わないというより、覚悟が決まっていない感じ。
「今から本気出します」
って言って、ずっと準備運動してる目。
洗面所の鏡を見る。
自分の顔が映る。
特に異常はない。
赤くもない。
腫れてもない。
なのに、シャキッとしない。
これもまた、決定的な不調じゃない。
だから放置する。
コーヒーを飲めば、なんとなく戻る。
時間が経てば、ちゃんと見える。
だったら原因なんて、考えなくていい。
考えない理由が、いくらでも揃っていた。
年齢のせい。
寝不足気味だから。
疲れてるだけ。
便利な言い訳ばかりだ。
しかも、どれも間違ってない気がする。
だから余計に、深掘りしない。
でも、毎朝ちょっとだけ思う。
「今日も目、起きるの遅いな」
と。
この「ちょっとだけ」が曲者だ。
人は、生活を止めるほどじゃない違和感を、一番長く放置する。
僕も完全にそれだった。
気づいたら、毎晩腕を目に当てて寝ていた
本当に、どうでもいい瞬間だった。
休日。
昼。
ソファ。
テレビはついてるけど、見てない。
気づいたら寝ていた。
目が覚めたとき、違和感があった。
重い。
顔の上が。
見たら、腕が、しっかり目の上に乗っていた。
ああ、なるほど。
暗いわけだ。
しかも、ちょうどいい。
変に力が入っていない。
自然。
むしろ、しっくりきている。
その瞬間、嫌な予感がした。
「これ、夜もやってるな」
という予感。
思い出してみる。
布団に入る。
横向きになる。
腕を曲げる。
……あ。
たぶん、毎晩だ。
しかも、かなり前から。
自分では、横向きで寝ているつもりだった。
でも実際は、
横向き+腕で目を覆う
という、独自フォーム。
誰に教わったわけでもない。
勝手に完成していた。
ここで、朝のぼやぼやが、急に現実味を帯びる。
毎晩、目に圧をかけている。
しかも、数時間。
これは、良くはなさそうだ。
でも、調べるほどでもない。
病院に行くほどでもない。
生活を変えるほどでもない。
ただ、腕を置かなくても済む何かがあれば、それでいい。
対策というほどでもない、代替。
この考えに行き着いたとき、なぜか少し安心した。
大げさじゃなくていい。
ちゃんとしなくていい。
ただ、今やってるクセを、少しだけズラせばいい。
その程度の話だった。
そして同時に、自分へのツッコミが入る。
なんで今まで気づかなかったんだ。
無意識って、本当に信用ならない。
それ、目に良くないよな…とは思った
腕を目に当てて寝ている、という事実に気づいたあと、しばらくそのことばかり考えていた。
考えていた、というより、
頭の片隅にずっと置かれていた感じだ。
仕事中も。
移動中も。
夜、布団に入った瞬間も。
「これ、どうなんだろうな」
という疑問が、消えない。
でも、ちゃんと調べるほどの熱量はない。
医学的にどうなのか、とか。
圧迫がどう影響するのか、とか。
そこまで行くと、話が大きくなる。
僕が気にしているのは、そういうことじゃない。
ただ単純に、
毎晩、目に体重の一部を乗せている
という事実が、なんとなく気持ち悪くなってきただけだ。
目って、守るもの、というイメージがある。
ぶつけないようにするとか。
擦らないようにするとか。
乾かさないようにするとか。
それなのに、自分は毎晩、腕を乗せている。
しかも無意識で。
これ、他人がやってたら止めると思う。
「いや、それやめたほうがいいよ」
って言う。
なのに自分には、ずっと許していた。
理由は簡単で、今すぐ困っていないから。
痛くない。
腫れてない。
視力も落ちてない。
だから、
「まあ大丈夫だろ」
で済ませていた。
でも一度気づいてしまうと、この「まあ」が、急に雑に見えてくる。
本当に大丈夫なのかは、分からない。
ただ、大丈夫じゃない可能性も、普通にありそう。
この宙ぶらりんな状態が、一番気持ち悪い。
不安というほどでもない。
確信もない。
でも、無視もしづらい。
この感覚、たぶん多くの人が経験してると思う。
健康診断の数値とか。
体のクセとか。
生活の小さな違和感とか。
今すぐ死なないけど、
放置していいとも言い切れないやつ。
僕の場合、それがたまたま、
「腕を目に当てて寝ている」
だっただけだ。
アイマスクを「対策」と呼ぶのは、ちょっと大げさ
ここで、
「よし、生活を改善しよう」
とはならなかった。
ならない。
そんな気合はない。
そもそも、そこまで困っていない。
困っていないけど、気にはなっている。
この中途半端な状態で、できることは限られている。
やりたいのは、
腕を目に乗せないこと。
それだけ。
早く寝たいわけでもない。
睡眠の質を上げたいわけでもない。
人生を整えたいわけでもない。
ただ、そのクセをやめたい。
じゃあどうするか。
答えは割と単純で、腕の代わりになるものを置けばいい。
それだけだ。
そこでやっと、アイマスクという選択肢が浮かんだ。
正直に言うと、それまでアイマスクに、あまり良い印象はなかった。
軽いやつ。
ペラペラのやつ。
つけてる感じがしないやつ。
そういうイメージ。
「つけてもつけなくても変わらない」
という印象が強かった。
だから、睡眠対策としてのアイマスクには、期待していなかった。
でも今回は、対策じゃない。
代わりだ。
腕の代わり。
ここが、自分の中では大きかった。
改善じゃない。
置き換え。
努力じゃない。
ズラし。
このくらいの距離感なら、やってもいい気がした。
失敗しても、「まあ、そうだよね」で済む。
成功したら、ラッキー。
その程度。
この温度感で選ぶなら、アイマスクも悪くない。
そう思えた。
正直、期待値はかなり低かった
アイマスクを買う前に、一応、少しだけ調べた。
ほんの少し。
レビューを流し読みして、写真を見て、価格を確認する。
真剣に比較はしない。
ランキングも深追いしない。
「まあ、よさそう」
このラインを超えたら、それ以上は見ない。
ここで時間を使い始めると、話が変わってくる。
今回の目的は、腕を目に乗せないこと。
それ以上でも以下でもない。
そんな中で選んだのが、僕の場合は
「月夜の重いアイマスク」だった。
名前からして、ちょっと情緒的だなと思ったけど、まあいい。
決め手は、すごく雑に言うと、重さ。
軽いアイマスクは、もう想像がつく。
どうせ途中でズレる。
どうせ存在感がない。
それなら、腕の代わりにはならない。
「重い」という一点だけで、これなら役割を果たしそうだな、と思った。
もちろん、
「本当にいいのかな?」
という気持ちはある。
でもそれ以上に、期待しすぎないようにしていた。
アイマスクだ。
魔法の道具じゃない。
朝が激変するわけでもない。
人生が変わるわけでもない。
せいぜい、腕を置かなくなるかどうか。
だから、買うときのテンションは、かなり低い。
「まあ、一回試してみるか」
それだけ。
ここで大事なのは、この時点ではまだ、
何も良かったとは思っていない
ということ。
ただ、腕を使わずに済めばいい。
それだけを期待して、あとは何も考えていなかった。
重さがあるだけで、腕を使わなくなった
最初の夜は、正直なところ、何も期待していなかった。
むしろ、
「どうせ途中で外すんだろうな」
くらいに思っていた。
アイマスクって、そういう立ち位置の道具だと思ってたから。
つけてみて最初に思ったのは、
ちゃんと重いな
ということ。
当たり前なんだけど、ここで少し安心した。
軽かったら、もうこの時点で終わりだったと思う。
腕の代わりになるわけがない。
目に乗せた瞬間、少しだけ違和感はある。
「お、いるな」
という感じ。
でも、嫌な圧迫感じゃない。
目の周りが浮く構造のおかげで、直接押されている感覚はない。
覆われている。
包まれている。
この違いは、使ってみないと分からないと思う。
言葉にすると、ちょっと大げさになるけど、感覚としてはかなり重要だった。
しばらくすると、その存在を忘れる。
というより、腕の存在を忘れる。
これが大きかった。
いつもなら、寝返りを打つたびに、無意識で腕を持ってくる。
それが、その夜はなかった。
「腕を使わないようにしよう」
なんて考えていない。
ただ、もうそこに必要なものが揃っているから、腕の出番がなくなった。
この状態、かなり楽だった。
体のどこかで、
「ちゃんと暗いかな」
「ちゃんと落ち着いてるかな」
と確認していた部分が、
ごっそり消えた感じ。
重さって、こういう使い方があるんだなと思った。
欠点だと思っていたものが、そのまま役割になる。
腕を目に当てるクセが、意志じゃなく環境で消える。
この時点で、
「あ、これは当たりだったかも」
と、ようやく思い始めた。
朝の目が、ちゃんと朝の目になった
変化は、本当に静かだった。
翌朝、目覚ましが鳴る。
目を開ける。
天井を見る。
ここまでは、いつもと同じ。
ただ、
あれ?
と思う瞬間があった。
目が、ちゃんと起きている。
完全ではない。
でも、昨日までの
「まだ準備中です」
という感じが薄い。
これ、説明するとすごく地味だ。
たぶん、人に話しても「ふーん」で終わる。
でも、毎朝体験する本人にとっては、かなり違う。
目が普通だと、朝の行動がスムーズになる。
顔を洗う。
歯を磨く。
スマホを見る。
パソコンを開く。
この一連の動作で、引っかかりがない。
目がぼやけていると、全部に微妙なストレスが乗る。
それがないだけで、朝が静かになる。
数日使って、この感覚が続いた。
ここで初めて、
「ああ、やっぱり腕だったのかもな」
と思った。
断定はしない。
医学的な裏付けもない。
でも、自分の中では納得できる。
毎晩、
数時間、
目に圧をかけていた。
それをやめた。
結果、朝の違和感が減った。
これ以上でも以下でもない。
睡眠の質が爆上がり、みたいな話じゃない。
変じゃなくなった。
それだけ。
でも、僕にとっては十分だった。
これは僕には合った、というだけの話
ここまで書いておいて、最後にこれを言うのは、ちょっと逃げかもしれない。
でも、やっぱりこれしか言えない。
これは、
僕には合った
というだけの話だ。
まず、重いのが無理な人。
これは、本当に合わないと思う。
顔に何か乗っている感覚が少しでもストレスになるなら、やめたほうがいい。
慣れの問題、で済ませていい話じゃない。
あと、
夏。
正直、人によっては暑い。
エアコン前提。
ここはちゃんとデメリット。
それでも、僕は使っている。
なぜかというと、
目的がはっきりしているから。
睡眠を良くしたいわけじゃない。
健康意識を高めたいわけでもない。
腕を目に乗せないで済みたい。
それだけ。
この一点に関しては、かなりピンポイントでハマった。
だから、別に買わなくてもいい。
腕を置くクセがないなら、必要ない。
朝の目が気にならないなら、考える必要もない。
ただ、もし僕と同じように、
寝るとき、無意識に腕を目に当ててる
朝、目がぼやぼやしている気がする
この二つが少しでも重なるなら。
「アイマスク、試してみるか」
くらいの軽さで、調べるのはアリだと思う。
僕は、それで楽になった。
もちろん、やらなくてもいい。
もっといいアイマスクもあるかもしれない。
だから、同じようなことをやってる人がいたら、ちょっと思い出すくらいでいいと思う。
その程度の話です。



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