正直、筋トレを始めた理由があんまりカッコよくない
筋トレを始めた理由を聞かれると、僕はいつも、ほんの一瞬だけ黙ります。
答えはある。
ちゃんとある。
でも、それをそのまま出すと、場の空気がちょっとだけ重くなる気がして。
「健康のため」とか
「体を鍛えたくて」とか
そういう言葉を一回、頭の中で通してみる。
でも、どれもしっくりこない。
それっぽいけど、嘘ではないけど、真ん中じゃない。
本当の理由は、もっとみみっちい。
不健康だった。
体がだらしなかった。
朝起きても体が重いし、夜はなんとなく疲れてる。
何か大きな病気があるわけじゃない。
でも、
「このまま年だけ取っていくの、結構きつそうだな」
という感覚だけは、ずっとあった。
服を着替えるとき。
風呂に入る前。
ふと鏡に映る自分を見て、一回だけ目をそらす。
この一回が、地味に効く。
毎日じゃない。
たまに。
でも、確実に積み重なる。
自分の体に対して、点数をつけるなら、
たぶんずっと赤点ギリギリ。
誰かに指摘されたわけでもない。
笑われたわけでもない。
だからこそ、余計に逃げ場がない。
「気にしすぎだよ」
と言われたら、
その通りかもしれない。
でも、気になってるのは事実だった。
筋トレを始めた理由が、
「なりたい自分」じゃなくて
「なりたくない自分から逃げたい」だった時点で、
あんまり前向きじゃない。
でも、そのネガティブさを無理にポジティブに変換する気もなかった。
僕はただ、
今の自分をそのまま放置するのが嫌だった。
それだけ。
胸が「ちょっと出てきた」じゃなく、おっぱいだった
最初に違和感を覚えたのは、正面から鏡を見たときじゃなかった。
横です。
ほんとに、ただそれだけ。
歯を磨き終わって、洗面所の鏡の前でなんとなく体をひねったとき。
この
「なんとなく」
が一番タチが悪い。
心の準備が一切ない状態で、現実だけが先に来る。
その角度で、胸が見えた。
出てる。
思ったより。
一瞬、
「錯覚かな?」
と思って、もう一回見る。
錯覚じゃない。
ちゃんと出てる。
しかも、筋肉が張ってる感じじゃない。
パンプしてるとか、そういう前向きなやつじゃない。
柔らかそうな丸み。
この時点で、頭の中に
「おっぱい」
という単語が浮かぶ。
浮かんだ瞬間、全力で打ち消そうとする。
いやいや。
違う。
見間違い。
角度の問題。
照明が悪い。
全部使う。
でも、どれも弱い。
理由として弱い。
なぜなら、胸は消えない。
残り続ける。
笑ってごまかそうとする。
自分一人なのに。
「なにこれ」
って、小さく声に出す。
でも、その笑いが自分に一番効く。
あ、これ、本当は笑えないやつだ。
その日から、服を着るときの意識が変わった。
Tシャツを選ぶとき、胸のあたりを見る。
ピタッとした服は避ける。
でも、ダボっとした服を着ると、今度は全体がだらしなく見える。
逃げ道がない。
シャツのシルエットが、どれも微妙。
外に出るとき、ふとしたガラスに映る自分が気になる。
横。
やっぱり横。
正面からは、まだ誤魔化せる。
でも、横は誤魔化せない。
現実が、立体で襲ってくる。
この頃、体重計にはほとんど乗ってなかった。
数字を見るのが怖かったわけじゃない。
単純に、見なくても分かってたから。
増えてる。
緩んでる。
その結果が、この胸だ。
健康診断の数値より、この実感のほうがよっぽど重い。
だって、毎日見る。
毎日、服を着る。
毎日、動く。
逃げられない。
でも不思議なことに、この時点でも
「筋トレしよう!」
とはならなかった。
やる気が出たわけじゃない。
前向きな決意もない。
ただ、
このまま放置するのは嫌だ
という気持ちだけが残った。
自分の体をちゃんと見るのが怖くなった。
だから、見る角度を選ぶようになった。
正面だけ。
暗い場所だけ。
都合のいい光だけ。
完全に、自分に対する接し方が歪んでたと思う。
でも、それを誰かに言うほどでもない。
愚痴るほどでもない。
笑い話にするには、ちょっと生々しい。
だから、黙ってた。
黙ったまま、
じわじわ効いてくるタイプの違和感。
今思えば、この「おっぱい問題」は筋トレのきっかけというより、
「自分の体と向き合わざるを得なくなった瞬間」だった気がする。
好きになりたいとか、かっこよくなりたいとか、そんな話じゃない。
ただ、嫌いなまま放置するのがしんどくなった。
一人だと絶対サボる自分を、僕は信用してない
胸の違和感に気づいたあと、しばらくの間、僕は何もしなかった。
すぐに行動できるタイプじゃない。
というか、行動しようとして、何度も失敗してきたタイプ。
「よし、やるぞ」
って思った翌日には、もう熱が下がってる。
このパターン、思い返すと嫌になるくらい多い。
ジムもそうだった。
過去に一度、月額制のジムに入ったことがある。
最初の一週間だけ行って、そのあと、入口の前で足が止まるようになる。
「今日は混んでそうだな」
「雨だしな」
「昨日疲れたしな」
理由は毎回違う。
でも、結論は同じ。
行かない。
月額は引き落とされる。
罪悪感だけが残る。
これ、僕の中では
もう“実績”なんです。
だから今回、筋トレを考えたときに最初にやったのは、自分を信じないことだった。
やる気が出る前提を捨てる。
モチベーションに期待しない。
「続けられる自分」を一回、頭の中から消す。
代わりに考えたのは、
続けられない自分をどう縛るか。
ここでようやく、パーソナルトレーニングという選択肢が現実味を帯びてくる。
正直に言うと、最初はかなり抵抗があった。
高い。
人に見られる。
できないところを全部さらす感じがする。
かっこ悪い。
でも、その「かっこ悪い」が、逆にリアルだった。
一人で黙々と鍛える自分より、誰かに管理されてる自分のほうが想像できた。
予約が入っている。
相手が待っている。
行かなかったら、連絡しないといけない。
理由を説明しないといけない。
この“面倒くささ”が、
僕にとっては最大の安全装置だった。
やる気があるから行く、じゃない。
行かないと、ちょっと気まずいから行く。
このくらいの動機でちょうどよかった。
筋トレを
「自分を変える挑戦」にすると、
失敗したときの反動が大きい。
でも、「予約した作業」にすると、感情が入りにくい。
淡々と行ける。
続く。
この時点で、筋トレはもうキラキラした自己投資じゃなくて、
生活の中に無理やりねじ込んだ用事
みたいな扱いになってた。
でも、不思議とそれでよかった。
完璧じゃなくていい。
気分が乗らなくてもいい。
ただ、
行く。
やる。
帰る。
それを繰り返すだけ。
最初に飲んだプロテインは、自分で選んだものじゃなかった
パーソナルトレーニングが始まって、最初の数回は、正直何も考えられなかった。
フォームを覚えるのに必死。
息が上がる。
思ったより体が動かない。
鏡に映る自分が、想像以上に頼りない。
頭の中はずっと
「早く終われ」
でいっぱい。
で、トレーニングが終わる。
ベンチから立ち上がって、少しフラつきながら水を飲む。
その流れで、トレーナーさんがごく自然に聞いてくる。
「プロテイン、飲みます?」
この聞き方が、もう答えを決めに来てる。
「飲みますか?」
というより、
「飲みますよね?」
に近い。
でも、不思議と嫌じゃない。
営業っぽさもない。
「はい」
って言うのが、一番楽。
差し出されたシェイカーを受け取って、言われるがままに振る。
この時点では、中身が何かすらあんまり見てない。
飲む。
一口。
で、思った。
「あ、これ、全然嫌じゃないな」
美味しい、とは少し違う。
感動もない。
でも、変な甘さもない。
後味が残らない。
粉っぽさもない。
飲み込んだあとに、
「うっ」
ってならない。
この
「引っかかりのなさ」が、
やけに印象に残った。
正直、プロテインってもっと気合いが必要なものだと思ってた。
運動したご褒美、というより修行の一環。
我慢して飲むもの。
でも、これは違った。
水分補給の延長。
飲むこと自体に、ストレスが発生しない。
その日はそれで終わり。
DNSという名前も、はっきり覚えてない。
家に帰って、
「あのプロテイン良かったな」
とも思ってない。
ただ、
「嫌じゃなかった」
という感覚だけが、ぼんやり残った。
次のトレーニングの日も、
同じ流れ。
同じ質問。
同じ味。
同じ反応。
「あ、今日も普通だな」
これが、だんだん安心感に変わっていく。
毎回味が違わない。
毎回溶け方も同じ。
想定外のことが起きない。
ここでようやく、少しだけ気になる。
「これ、家でも飲めたら楽かもな」
でも、この時点ではまだ買う気はない。
なぜなら、プロテインを買う=ちゃんとやる人、みたいな感じがして、少し抵抗があったから。
意識高そう。
続かなかったら、粉だけ残る。
過去に何度もやってる。
だから、一旦スルー。
「そのうち考えよう」
フォルダに入れて、
思考を閉じる。
この時の僕は、DNSを評価してたわけでも、選んだつもりでもない。
ただ、
選択肢として嫌いじゃない場所に置いただけ。
家でも飲もうと思った理由が、意外としょぼい
家でもプロテインを飲もうかな、と思い始めたのは、体が変わったからでも、成果を感じたからでもなかった。
筋肉がついた実感なんて、この時点ではほぼない。
体重も、誤差レベル。
鏡を見て
「お、きてるな」
なんて思うほど、自己評価は甘くない。
それなのに、なぜか頭の片隅に
「家でも飲んだら楽かも」
という考えが残ってた。
この「楽かも」がポイント。
健康のため、でもない。
効率のため、でもない。
めんどくささを減らせそう
というだけ。
トレーニング後に出されて飲んでたDNS。
毎回、味も溶け方も同じ。
シェイカーを振って、数秒。
終わり。
ダマが残らない。
底に粉が沈まない。
口に含んだときに急に粉感が来ない。
これ、言葉にすると地味だけど、体験としては結構大きい。
プロテインって、飲む前に一回、覚悟がいるイメージだった。
「ちゃんと振らないとダマになるよな」とか
「最後、粉残るよな」とか
「今日は味、大丈夫かな」とか。
DNSには、それがなかった。
飲む前に、
心の準備がいらない。
この「準備がいらない」って、僕みたいなタイプにはかなり重要だった。
仕事終わりで疲れてる。
帰宅して、
トレーニングして、
シャワー浴びて。
そのあとにさらに何かを「頑張ってやる」余力はない。
プロテインまでイベント化されたら、多分続かない。
DNSは、イベントにならなかった。
完全に、作業。
水を入れる。
粉を入れる。
振る。
飲む。
終わり。
感情が動かない。
テンションも上がらない。
でも、下がりもしない。
この“感情が動かない感じ”が、
妙に気に入ってた。
で、一回、現実に戻る。
値段を見る。
……高い。
ここで、ちゃんと引く。
「いや、毎日飲むものだよ?」
「サプリにしては高くない?」
「もっと安いやつ、いっぱいあるよな?」
この思考、かなり強かった。
というか、正しい。
DNSは、決して安くない。
セール前提。
常用するには、ちょっと勇気がいる価格。
だから、すぐには買わない。
一回、ブラウザを閉じる。
「まあ、後で考えよう」
って、自分に言い聞かせる。
でも、頭の中からは消えない。
なぜか。
「あれ、嫌じゃなかったな」
という感覚だけが、ずっと残ってる。
この時点で、僕はまだDNSを選んでない。
評価もしてない。
ただ、
他の選択肢と並べたときに、
「失敗しなさそうな場所」
に置いてただけ。
このあと、値段が気になって、ちゃんと逃げる。
高いからDNSじゃなくて、他に逃げた話
DNSを家で飲む候補に入れたあと、僕が最初にやったこと。
それは、「DNSを買う」じゃなかった。
「DNSは高いよな」
という気持ちを、どうにか正当化することだった。
毎日飲むものだし。
プロテインって消耗品だし。
成分、そんなに変わらないって聞くし。
だったら、もっと安くて同じようなやつでよくない?
この理屈、今でも間違ってるとは思ってない。
むしろ、かなりまとも。
だから、ちゃんと他のプロテインを探した。
価格重視。
レビューも一応見る。
「溶けやすいです!」
って書いてあるやつ。
「コスパ最強」
って言われてるやつ。
自分なりに、
ちゃんと考えたつもり。
で、
買う。
届く。
開ける。
シェイカーに入れる。
ここまでは、DNSと同じ。
問題は、その次。
振る。
思ったより、重い。
もう一回振る。
さらに振る。
……まだ、嫌な予感。
飲む。
ダマが来る。
口の中で、急に存在感を主張する。
ザラッとした感触。
喉を通るときの、微妙な引っかかり。
「あー……」
って、声が出る。
味は、悪くない。
むしろ、レビュー通り。
でも、溶けてない。
底を見る。
粉が残ってる。
もう一回振る。
飲む。
またダマ。
この時点で、プロテインそのものより、
自分のテンションが一気に下がる。
たったこれだけのことなのに。
たった
「溶け方がよくない」
というだけなのに。
でも、これが毎日続くと考えたら、話は別だった。
仕事終わり。
疲れてる。
早くシャワー浴びたい。
そんなときに、シェイカーを必死に振る自分。
飲む前から、ちょっと憂鬱。
この時点で、
習慣として黄色信号。
DNSを飲んでたときは、こんな感情、なかった。
振る回数を数えない。
ダマを警戒しない。
飲む前に、心構えをしない。
他のプロテインは、それが全部必要だった。
もちろん、
「慣れればいい」
という考えも浮かぶ。
「そのうち気にならなくなるかも」
「水の量調整すればいいかも」
「振り方が悪いのかも」
全部、正論。
でも、僕は知ってる。
こういう“工夫前提”のものは、
だいたい続かない。
しかも、プロテインって失敗すると地味に嫌な思い出が残る。
飲むたびに、
「あ、これダマになるやつだ」
って思い出す。
その時点で、もう負け。
飲まなくなる。
棚に置かれる。
気づいたら、賞味期限が近づいてる。
この流れ、
過去に何度もやってる。
で、ある日ふと、パーソナル後に飲んでたDNSを思い出す。
溶け方。
味。
何も考えなくてよかった感覚。
あれ、楽だったな。
ここで、初めて認める。
DNSが良かった理由は、
成分でも
ブランドでも
効果でもない。
ただ、
嫌になるポイントが少なかった。
高いから逃げた。
安い方に行った。
理屈は合ってた。
でも、体験としては失敗だった。
この瞬間、
「コスパ」って言葉の意味が、
少し変わった。
安く買って、飲まなくなるなら、それは安くない。
高くて、毎日何も考えずに飲めるなら、それは高くないのかもしれない。
まだ、完全に納得はしてない。
でも、DNSに戻る理由は、もうはっきりしてた。
体が変わってきて、鏡を見る回数が増えた
最初に変わったのは、体そのものじゃなかった。
行動だった。
風呂に入る前、脱衣所で服を脱ぐ。
そのまま、一瞬だけ立ち止まる。
前は、すぐ視線を外してた。
鏡を見ると、余計な情報が入ってくるから。
見なければ、考えなくて済む。
そうやって、ずっと避けてた。
それが、ある日からほんの一秒だけ、鏡を見るようになった。
理由は分からない。
「見よう」と決めたわけじゃない。
ただ、目が逸れなかった。
正面。
次に、少しだけ横。
昔なら、ここでアウト。
すぐに
「はい終了」
だった角度。
でも、その日は違った。
あれ?
と思った。
劇的じゃない。
別人でもない。
でも、
「前より嫌じゃない」
という感覚があった。
これ、言葉にするとものすごく地味。
でも、僕にとっては結構大きい。
なぜなら、それまでの僕は
「嫌じゃない」という評価を
自分の体に
一度もつけたことがなかったから。
好きでもない。
誇れるわけでもない。
ただ、
嫌い。
その一択。
それが、
嫌い → 普通
に動いた。
たったそれだけ。
でも、鏡を見る回数は確実に増えた。
毎日じゃない。
でも、気づくと見てる。
脱ぐ前。
脱いだ後。
ちょっと力を入れてみたりして。
すぐに
「何やってんだ」
って思ってやめるけど。
それでも、見てる時間がゼロじゃなくなった。
胸も、まだ完全に満足できる形じゃない。
おっぱい問題が完全解決したわけでもない。
でも、少なくとも
「見て見ぬふり」
はしなくなった。
この変化、数字には出ない。
体重にも出ない。
周りの人も気づかない。
でも、自分の中では確実に違う。
で、ここでようやく気づく。
体が変わったから、鏡を見るようになったんじゃない。
鏡を見ても平気になったから、
体が変わってきたことに気づけた。
順番が逆だった。
DNSがどうとか、
筋トレがどうとか、
正直この時点ではあまり考えてない。
ただ、生活の中で自分の体をちゃんと扱うようになってた。
避けない。
誤魔化さない。
盛らない。
この感覚が、思った以上に楽だった。
自分の体を
「評価対象」にするのを
やめた感じ。
良いか悪いか、じゃなくて、
「今はこう」
それを受け取れるようになった。
DNSは、体を変えたというより「嫌いになる理由を減らした」
ここまで書いてきて、一応はっきりさせておきたい。
DNSを飲んだから、体が変わった。
たぶん、これは違う。
筋トレをした。
パーソナルトレーニングに通った。
食事も、少しだけ意識した。
いろんな要素が重なって、結果的に体が変わった。
DNSは、その中心じゃない。
主役でもない。
ヒーロー役でもない。
じゃあ、何だったかというと、
足を引っ張らなかった存在
だったと思う。
高い。
派手じゃない。
飲んでテンションが上がるわけでもない。
SNSに載せたくなる感じもない。
でも、毎日飲むことにストレスがなかった。
溶けないことでイラっとしない。
味でテンションが下がらない。
「今日もこれか…」
って思わない。
この“嫌になるポイントの少なさ”が、結果的に習慣を守ってた。
他のプロテインを試したとき、はっきり分かった。
DNSが良かった理由は、良いところが多いからじゃない。
嫌なところが少ないから。
これは、僕みたいに意志が強くない人間にはかなり重要だった。
完璧なものじゃなくていい。
感動もしなくていい。
ただ、続ける邪魔をしないもの。
DNSは、その条件を静かに満たしてた。
向いてない人は、たぶん最初から違うものを探してる
ここまで読んで、「じゃあDNSが一番いいんだ」と思った人がいたら、たぶん違う。
DNSが合わない人、結構いると思う。
まず、
味で感動したい人。
プロテインにご褒美感を求めるタイプ。
今日はこのフレーバー、明日はこれ、みたいに楽しみたい人。
DNSは、そういう方向じゃない。
次に、
とにかく最安を探してる人。
一杯あたりの単価を徹底的に詰めたい人。
工夫も苦じゃない人。
ダマが出ても、
「まあこんなもん」
って思える人。
そういう人なら、もっと安い選択肢は全然ある。
あと、比較するのが楽しい人。
成分表を見るのが好き。
レビューを読み漁るのが好き。
選ぶ時間そのものが趣味みたいな人。
DNSは、そういう楽しさをほぼ提供してくれない。
僕は、比較に疲れやすい。
考えることが増えると、続かなくなる。
だからDNSが残っただけ。
人によって、残るものは違う。
別に、プロテインなんて飲まなくてもいいと思う
こんなこと言うのも変だけど。
別に、プロテインなんて飲まなくてもいい
と、僕は本気で思ってる。
DNSじゃなくてもいい。
というか、DNSである必要もない。
筋トレだって、しなくてもいい。
パーソナルトレーニングも、正直、高い。
時間も取られる。
人によっては、向いてない。
僕がここまで書いてきたのは、
「これをやれば人生が変わる」
みたいな話じゃない。
そんな大きな変化、起きてない。
ただ、一つだけ確実に言えるのは、
鏡を見るのが、前ほど嫌じゃなくなった。
これだけ。
胸を見て、すぐ目を逸らすことはなくなった。
横を向いたときに、無理に笑って誤魔化さなくなった。
風呂に入る前、ちょっと立ち止まって、自分の体を見る。
「まあ、悪くないな」
って思える日が、少し増えた。
この変化って、誰にも自慢できない。
SNSに載せるほどでもない。
数字で説明もできない。
でも、生活の中ではかなり効く。
DNSは、その変化を起こした主役じゃない。
ただ、
嫌になる理由を増やさなかった。
毎日飲むことに、
変なストレスがない。
僕は、それだけで十分だった。
だから、
「結局これに戻った」
というより、
「これが残った」
という感じに近い。
別に、今すぐ買わなくてもいい。
セールのときに思い出したら見る、それくらいでいい。
合わなかったら、やめればいい。
プロテインなんて、所詮その程度の存在。
ただ、もし今、
- 体がちょっと嫌いで
- でも気合いは続かなくて
- 失敗する選択は増やしたくない
そんな状態なら。
DNSは、静かに邪魔をしないでいてくれる。
それだけは、僕の実感として残ってる。



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