資格勉強がしんどい理由、たぶん内容の前に気分だった

勉強「しなきゃいけない」時点で、もう気分は下がっている

勉強しなきゃいけない。

この一文を頭の中でつぶやいた瞬間、
もう若干しんどい。

まだ何も始めてないのに、
肩が少し重くなる。

机にも向かってない。

参考書も開いてない。

なのに、
「やらなきゃ」という文字だけで、体力が1削られる。

これ、僕だけじゃないと思ってる。

むしろ普通。

だって、
「勉強しなきゃいけない」って、
ほぼ義務だから。

やりたいことじゃない。

やらなくていいなら、やらない。

でもやらないと困る。

将来とか、仕事とか、試験日とか、
そういう現実がちゃんと控えてる。

だから机に向かう。

でもその時点で、
気分はニュートラルじゃない。

すでにマイナスから始まってる。

ここがまず、
僕はあんまり語られてないポイントだと思ってる。

世の中の勉強の話って、
なぜか「やる気がある状態」が前提になってる。

今日はやる気がある。

今日は集中できる。

今日は調子がいい。

……いや、そんな日、そんなに来ない。

少なくとも僕には。

平日の夜。

仕事終わり。

頭の中は半分くらい会社に置いてきてる。

スマホも近くにある。

風呂もまだ。

腹も微妙に減ってる。

その状態で、
「さあ勉強しよう」って、
割と無理がある。

それでもやる。

やらないといけないから。

この「やらされ感」を抱えたまま始まるのが、
大人の勉強だと思ってる。

学生の頃とは違う。

学生の頃も別に好きじゃなかったけど、
今よりはまだ、逃げ場が少なかった。

今は違う。

逃げ場が多い。

スマホがある。

動画がある。

SNSがある。

「今日はもういいか」も、
簡単に選べる。

だから余計に、
勉強のスタート地点が重い。

たぶん僕は、
この「スタート地点の重さ」を
ずっと放置してきた。

勉強ってそういうものだろ、
と。

気分が下がってるのは当たり前。

しんどいのは当たり前。

みんな我慢してる。

そう思い込んでた。

でもある時、
ふと気づいた。

これ、内容の前に気分で負けてないか。

参考書の中身が難しいとか、
覚えられないとか、
集中力が続かないとか。

その前段階。

机に座った瞬間の、
あの「はぁ……」って感覚。

あれが毎回ある時点で、
だいぶ消耗してる。

勉強を始めるたびに、
毎回ちょっとした精神的準備運動が必要になる。

これ、地味にコスト高い。

しかもこの準備運動、
成果が見えない。

頑張っても、
「やる気が出た!」って実感はあんまりない。

ただ疲れる。

ここまで考えて、
僕は一度、自分にツッコミを入れた。

「いや、勉強なんだから気分とか言ってる場合じゃないだろ」

正論。

完全に正論。

でも、その正論を振りかざして
今まで何とかなってきたかというと、
別にそうでもない。

サボる時はサボる。

集中できない時はできない。

自分を責めて終わる。

翌日も同じ。

このループ、
もう何回やったか分からない。

だから僕は、
勉強そのものじゃなくて、
勉強に入る直前の状態
目を向けることにした。

成績をどう上げるか、じゃない。

暗記をどう効率化するか、でもない。

もっと手前。

「勉強しなきゃ」と思った瞬間の、
あの気分の落差。

あれをどうにかしないと、
たぶん何をやっても続かない。

ここでようやく、
自分の中で一つ認めたことがある。

僕は、意志が強い人間じゃない。

これ、地味に重要だった。

やる気で殴り続けられるタイプじゃない。

根性論で乗り切れるほど、
自分を信用してない。

だからこそ、
気分が下がった状態を
「仕方ない」で済ませるのをやめた。

どうせ下がるなら、
下がり切る前に何かできないか。

そう考え始めたのが、
全部の始まりだった。

まだ文房具の話は出てこない。

この時点では、
別にシャーペンを買おうとも思ってない。

ただ、
このまま同じテンションで勉強を続けるのは、
たぶん無理だな

と思っただけ。

気合いとか根性で机に向かえる人を、僕は信用していない

たまにいる。

「気合い入れてやればいけるでしょ」
みたいな顔で机に向かえる人。

別に嫌いじゃない。

否定もしない。

ただ、
あれを自分に当てはめようとすると、毎回失敗する。

これはもう、経験則。

学生の頃からずっとそうだった。

テスト前。

「今回は本気出す」
って思う。

思うだけ。

三日後には、
漫画読んでるか、
関係ない動画見てる。

で、自己嫌悪。

この流れ、
人生で何十回やったか分からない。

社会人になってからも、
構造はほぼ一緒。

資格の勉強。

スキルアップ。

自己投資。

言葉だけは立派。

でも、
実際にやってることは、
昔とそんなに変わらない。

「今日は気合い入ってないから明日やろう」

「今日は疲れてるから効率悪い」

「ちゃんと時間取れる日にまとめてやろう」

理由だけは、
一丁前に増えていく。

ここで一つ、
自分に対して正直になった。

僕は、気合いを安定供給できるタイプじゃない。

気分は天気みたいなもの。

晴れる日もあるけど、
曇りや雨の方が多い。

なのに、
毎回「晴れる前提」で予定を組む。

そりゃズレる。

そりゃ続かない。

それなのに、
世の中の勉強論はだいたいこうだ。

  • 気合いを入れろ
  • 覚悟を決めろ
  • やると決めたらやれ

うん、分かる。

分かるけど、
それができる人向けの話だと思ってる。

少なくとも僕向けじゃない。

ここで大事なのは、
他人を下げることじゃない。

「自分はダメだ」と言いたいわけでもない。

ただ、
向いてない戦い方を続けるのをやめよう
と思っただけ。

これ、地味だけど大きかった。

自分を鼓舞する方向。

叱咤激励する方向。

奮い立たせる方向。

全部、
短距離走には向いてる。

でも、
資格勉強ってマラソン。

しかも一人。

観客いない。

応援もない。

たまに「まだやってるの?」って言われるだけ。

この状況で、
毎日自分を鼓舞し続けるの、
相当しんどい。

というか、
僕には無理だった。

だからある時、
考え方をひっくり返した。

「やる気を出す」のを諦めた。

これは逃げでもある。

でも、
現実的な逃げ。

やる気が出るのを待つ。

気合いが乗るのを待つ。

その間、
時間だけが過ぎる。

これが一番まずい。

だったらもう、
やる気は出ない前提で動いた方がいい。

この発想に切り替えた瞬間、
ちょっと楽になった。

自分に期待しなくていい。

今日はやる気がない。

うん、知ってる。

いつものこと。

じゃあその状態でも、
最低限机に向かえる形を作れないか。

ここでようやく、
「工夫」という言葉が出てきた。

努力の工夫じゃない。

勉強法の工夫でもない。

もっと手前。

気分が下がってる自分を、
どう誤魔化すか。

どう騙すか。

どう楽をさせるか。

この方向。

たぶん真面目な人から見たら、
かなり不純。

でも、
不純でも続く方がマシだと思った。

気合いで乗り切ろうとして、
何度も失敗してる自分が言うんだから、
そこそこ信用していい。

ここで、
もう一回自分にツッコミを入れる。

「それ、ただ甘えてるだけじゃない?」

たぶん、
半分は当たってる。

でも残り半分は、
自己理解だと思ってる。

甘えかどうかより、
続くかどうか。

結果的に机に向かえるかどうか。

そこだけ見た。

この段階で、
僕の中の優先順位ははっきりした。

  • 正しいかどうか → 二の次
  • 努力してる感 → どうでもいい
  • 続くかどうか → 最優先

この価値観に切り替えたことで、
ようやく次の発想に進めた。

「じゃあ、
 どうやったら気分が下がったままでも、
 机に向かえるんだろう」

答えはまだ出てない。

この時点では、
完全に手探り。

でも一つだけ確かなのは、
自分を叱る方向には、もう行かない
ということだった。

先に「気分」をどうにかした方が早いんじゃないかと思った

気合いを出すのを諦めた。

根性論からも降りた。

じゃあ次、何をするか。

ここでようやく、
視点が少し横にずれた。

勉強の中身じゃない。

やり方でもない。

勉強を始める前の空気

ここをどうにかした方が早いんじゃないか、
と思い始めた。

正直、
かなり遠回りな発想だと思う。

普通は、
効率とか、暗記法とか、時間管理とか、
そういう話になる。

でも僕は、
それ以前で止まってた。

机に向かう時点で、
もうちょっと嫌になってる。

この状態で、
どんな神勉強法を使っても、
たぶん続かない。

だったら、
勉強の質を上げる前に、
勉強に入るハードルを下げた方がいい。

ここでまた、
自分にツッコミを入れる。

「いや、それってただの現実逃避じゃない?」

たしかに。

気分とか言い出したら、
キリがない。

でも、
現実逃避でもいいから、
机に向かえるなら勝ちだと思った。

勉強しないで自己嫌悪するより、
5分でも開いた方がマシ。

この「マシ理論」、
僕の中では結構大事。

完璧じゃなくていい。

理想的じゃなくていい。

前よりマシかどうか。

それだけで判断する。

ここで思い返した。

これまでの人生で、
気分が乗った状態で何かを続けられた時って、
だいたい環境が整ってた。

場所。

時間。

人。

道具。

特に道具。

仕事でもそう。

使いにくいツールを使ってる時、
それだけでストレスが溜まる。

逆に、
ちょっと使いやすいだけで、
作業の重さが減る。

勉強も、
たぶん同じ。

内容は変えられない。

試験範囲も変わらない。

でも、
触るものは変えられる。

この考えに至った時、
ちょっとだけ気が楽になった。

自分の意志を鍛えなくていい。

性格を変えなくていい。

今の自分のまま、
少しだけ楽にする。

その手段として、
「気分」という曖昧なものを
正面から扱ってみようと思った。

ここで一つ、
はっきり分かったことがある。

僕は、
やる気が出る瞬間を待つタイプじゃない。

やる気が出ない状態を、
どう誤魔化すかを考えるタイプ。

これ、
良いとか悪いとかじゃない。

ただの性質。

だったら、
その性質に合ったやり方を選んだ方がいい。

気分を上げる。

テンションを上げる。

モチベーションを高める。

そういう大げさな話じゃない。

気分を下げない。

これくらいで十分。

下がりきった気分を、
無理やり引き上げるのは大変。

でも、
下がる前で止めるなら、
まだ現実的。

ここで、
具体的な行動を考え始めた。

とはいえ、
最初から「文房具を買おう」
とはならなかった。

もっと雑。

  • 机の上を片付ける
  • 使ってないものをしまう
  • 参考書を一冊だけ出す

こういうレベル。

でもやってみると、
効果は限定的だった。

確かに少しはマシ。

でも、
決定打にはならない。

まだどこかで、
「勉強始めるぞ」という
気合いスイッチを押そうとしてる自分がいる。

このスイッチ、
壊れてるのに。

ここでまた、
考え方を少しだけずらした。

始めやすくする
じゃなくて、
始めたくなる状態を作る
という発想。

この違い、
言葉にすると小さいけど、
僕の中では結構大きかった。

始めやすさは、
合理の話。

始めたくなるは、
気分の話。

僕が欲しかったのは、
後者だった。

勉強内容は変わらない。

でも、
机に向かった瞬間の感触。

手に取るもの。

目に入るもの。

そういう細かいところで、
「まあ、悪くないか」
と思えたらいい。

テンションが上がらなくてもいい。

ワクワクしなくてもいい。

拒否反応が出なければ十分。

ここまで考えて、
ようやく選択肢の一つとして
文房具が浮かんできた。

勉強道具。

毎回必ず触るもの。

変化が分かりやすい。

しかも、
失敗しても致命傷にならない。

この時点での文房具は、
まだ主役じゃない。

あくまで
気分を下げないための一つの候補

でも、
この「候補」に気づいた瞬間、
僕の中の思考は
次の段階に進み始めた。

文房具に期待し始めた時点で、だいぶ逃げてる自覚はあった

文房具に期待する。

この時点で、
もう薄々分かってた。

あ、これ、だいぶ逃げてるな
って。

勉強の本質は中身。

覚える量。

理解する力。

そんなの分かってる。

シャーペンを変えたところで、
知識が頭に入るわけじゃない。

消しゴムを新しくしたところで、
合格率が上がるわけでもない。

そこは冷静。

ちゃんと分かってる。

でも同時に、
こうも思ってた。

分かってるけど、今それを正面からやりたくない。

この感情、
結構正直だと思う。

勉強したくない時に、
「勉強しなきゃ」って考え続けるの、
ただの消耗戦。

だったら一回、
横道にそれてもいい。

文房具を見る。

調べる。

比べる。

理由をつける。

これは完全に、
勉強から目をそらす行為。

でも、
罪悪感はそこまでなかった。

なぜかというと、
逃げながらも
「最終的には勉強する」
前提は崩してなかったから。

ここ、
自分の中では重要だった。

サボりたいわけじゃない。

放棄したいわけでもない。

気分を立て直すための寄り道。

そう位置づけた。

ここでまた、
自分にツッコミを入れる。

「それ、ただの言い訳じゃない?」

うん、
ほぼ言い訳。

でも、
言い訳でもいいから
前に進みたかった。

何もしないで時間が過ぎるより、
文房具を調べてる方が、
まだマシ。

この「まだマシ」が、
この時期の判断基準だった。

最初は本当に軽い気持ちだった。

シャーペン、
最近どんなのあるんだろう。

消しゴムって、
今もMONO一択なのかな。

その程度。

でも調べ始めると、
案外情報が多い。

種類がある。

進化してる。

名前もいろいろある。

ここで少し、
気分が変わった。

勉強のことを考えてるはずなのに、
あの重さがない。

「やらなきゃ」じゃなくて、
「どれにしよう」になってる。

この違い、
思った以上に大きかった。

勉強のことを考えると、
だいたい気分は下がる。

でも文房具を調べてる時は、
ちょっとフラット。

少しだけ前向き。

これだけで、
十分な変化だった。

もちろん、
ここで盛り上がりすぎないように
自制もした。

文房具沼にハマる気はない。

コレクションしたいわけでもない。

あくまで目的は一つ。

机に向かう時の気分を、
これ以上下げないこと。

だから、
調べ方も変だったと思う。

最高性能とか、
プロ仕様とか、
そういう言葉にはあまり反応しなかった。

それよりも、

  • 使っててストレスが少ない
  • 毎回同じ感触
  • 余計なことを考えなくていい

この辺りばかり見てた。

今思えば、
完全に「楽をするための視点」。

でも、
その時の自分には合ってた。

学生の頃、
文房具ってもっと適当だった。

もらいもの。

安いやつ。

壊れたら替える。

そこに気分とか、
ほとんど乗ってなかった。

でも今は違う。

勉強する理由も違う。

背負ってるものも違う。

だったら、
道具に求めるものが変わってもいい。

ここで、
ようやく自分に許可を出した。

「文房具に頼ってもいい」

これ、
思った以上に楽だった。

努力しなくていい免罪符、
みたいなもの。

気合いが足りない自分を、
一旦そのままにしておく。

その代わり、
道具に少し期待する。

この時点では、
まだ具体的な商品名は出てこない。

ただ、
「ちゃんと選ぼう」と決めただけ。

なんとなくじゃなくて。

昔の延長じゃなくて。

今の自分の状態に合うものを、
ちゃんと探そうと思った。

ここまで来て、
ようやく次の段階に進めた。

逃げではある。

でも、
前向きな逃げ
くらいにはなってきた。

クルトガにたどり着いた理由は、たぶん芯じゃない

調べ始めると、
案の定シャーペンは山ほど出てきた。

値段もピンキリ。

機能もいろいろ。

正直、
途中で少し面倒になった。

「こんなに真剣にシャーペン調べてる場合か?」
っていう、
例の自分ツッコミも入る。

でも、
ここでやめなかった。

なぜかというと、
この調べてる時間が
意外と嫌じゃなかったから。

勉強のことを考えてるはずなのに、
あの重さがない。

比較してるだけ。

選んでるだけ。

この時点で、
もう半分くらい目的は達成してた気がする。

で、
いろいろ見ていく中で
必ず出てくる名前があった。

クルトガ。

昔から聞いたことはある。

学生の頃にも見た気がする。

でも当時は、
特に気にも留めなかった。

「芯が回るシャーペン」

はいはい、
そういうギミックね、
くらいの認識。

正直、
その時点では
あまり刺さってなかった。

芯が回ったから何なんだ、
という気持ちもあった。

字が綺麗になる?

摩耗が均一?

うーん。

別に書道家になるわけでもないし。

でも、
調べていくうちに
少しずつ見方が変わった。

芯が回る。

つまり、
ペンを持ち替えなくていい。

この一文に、
妙に引っかかった。

学生の頃は、
無意識にやってた。

書いて、
少し回して、
また書く。

でも勉強が長時間になると、
この小さな動作が
じわじわ気になってくる。

文字が太くなる。

引っかかる。

あ、また回さなきゃ。

この一連の流れ、
一つ一つは小さい。

でも、
確実に集中を切る。

しかも、
その都度ちょっとイラっとする。

当時はそれを
「当たり前」だと思ってた。

シャーペンってそういうもの。

でもクルトガは、
そこを勝手にやってくれる。

自分が意識しなくても、
芯の状態が一定に保たれる。

これ、
よく考えると
かなりありがたい。

書くこと以外を
考えなくていい。

ここで、
ようやく腑に落ちた。

僕が惹かれたのは、芯が回ることじゃない。考えなくていいこと。

これだった。

性能の話じゃない。

効率の話でもない。

余計な判断が減る
という一点。

勉強中って、
判断の連続。

次どこ読むか。

どこ覚えてないか。

何分やるか。

その中に、
「芯を回すかどうか」
みたいな判断を
これ以上増やしたくなかった。

クルトガは、
その一個を消してくれる。

それだけ。

でも、
それで十分だった。

さらに調べると、
メタル軸がある。

軽すぎない。

安っぽくない。

手に持った時の
安定感。

ここでまた、
自分の中で納得が進んだ。

気分を上げたい、
というより。

不快を減らしたい。

勉強中に感じる
小さい違和感を、
一つずつ消していきたい。

その一つとして、
クルトガはちょうどよかった。

ここで、
変に期待しすぎないように
自分に言い聞かせた。

これで勉強が捗るわけじゃない。

これで成績が上がるわけでもない。

ただ、
書いてて嫌じゃない。

それだけ。

でも今の自分には、
それが一番重要だった。

実際、
手に取って書いてみると、
感想はすごく地味。

「おお!」
とはならない。

むしろ、

「あ、普通だな」
という第一印象。

でもしばらく書いてると、
あることに気づく。

途中で芯のことを一回も考えてない。

これ、
結構すごい。

使ってることを
忘れる道具。

主張しない。

邪魔しない。

この時点で、
クルトガは
僕の中でほぼ決まりだった。

盛り上がりはない。

感動も薄い。

でも、
変えなくていい理由が見つからなかった。

こういう決まり方、
最近の自分にはちょうどよかった。

消しゴムなんて何年ぶりにちゃんと選んだか分からない

シャーペンが決まった。

この時点で、
もう結構満足してた。

正直、
「これでいいや」
とも思ってた。

でもそこで、
ふと気づいた。

消しゴム、
今使ってるやつ何だっけ。

机の引き出しを開ける。

出てきたのは、
角が丸くなりすぎて、
どこのメーカーかも分からない白い塊。

たぶん、
どこかでもらったやつ。

もしくは、
昔コンビニで買ったやつ。

記憶がない。

この時点で、
もう答えは出てる。

何も考えずに使ってた。

学生の頃から、
消しゴムってそういう存在だった。

あればいい。

消えればいい。

なくしたら、
近くの人に借りる。

それくらい。

でも今は、
シャーペンをここまで選んでおいて、
消しゴムだけ適当なの、
なんか気持ち悪い。

別に完璧主義じゃない。

ただ、
ここだけ雑なのが
妙に引っかかった。

で、
消しゴムも一応調べ始めた。

一応、
という言葉がぴったり。

本気ではない。

でも、
見始めたら意外と出てくる。

昔と同じ名前。

MONO。

この名前、
久しぶりに見た。

学生の頃、
誰かの筆箱に必ず入ってたやつ。

青・白・黒のあの配色。

正直、
懐かしさが先に来た。

性能がどうこうより、
「ああ、これね」
という安心感。

でもよく見ると、
少し違う。

ダストキャッチ。

消しかすがまとまる。

まとまるくん……うっ、頭が……。

この辺、
記憶が曖昧。

でも、
そこはあまり重要じゃなかった。

僕が気になったのは、
ちゃんと今も進化してる
という事実。

消しゴムって、
完成されてる道具だと思ってた。

消す。

それだけ。

でも、
消しかすが散らばらない。

軽い力で消える。

紙が傷みにくい。

そういう細かいところで、
ちゃんと改良されてる。

ここでまた、
自分の価値観に引っかかった。

勉強中って、
消しゴムを使うたびに
ちょっとした中断が入る。

消す。

こする。

消えない。

もう一回こする。

紙が毛羽立つ。

消しかすが広がる。

机を払う。

この一連の流れ、
地味にテンポを削る。

MONOのダストキャッチは、
この中断を
少しだけ短くしてくれる。

完全にゼロにはならない。

でも、
「あ、またか」
という小さなイラつきは減る。

これも、
クルトガと同じ。

主役じゃない。

感動も薄い。

でも、
不快が減る。

ここで一回、
自分に問い直した。

本当に、
消しゴムまで変える必要ある?

今のでも、
一応消えてるよ?

この問いに対する答えは、
かなり正直だった。

必要かどうかじゃない。
 気分の問題だ。

消しゴムをちゃんと選んだ、
という事実。

それだけで、
机に向かう時の感触が
少し変わる。

「適当にやってる」
感じが減る。

この違い、
説明すると弱い。

でも、
自分の中では確かだった。

実際に使ってみると、
やっぱり感想は地味。

よく消える。

軽い。

消しかすがまとまる。

以上。

レビューとしては、
多分これで終わり。

でも勉強中に、
消しゴムに意識が向くことは
ほぼなくなった。

ただ消えて、
終わる。

この「ただ終わる」が、
僕にはちょうどよかった。

学生の頃から使ってた名前。

でも、
今の自分の使い方に
ちゃんと合ってる。

その感覚が、
少しだけ嬉しかった。

ナノダイヤの芯は正直よく分からないけど、困らなかった

シャーペンと消しゴムが決まった。

この時点で、
もう十分だと思ってた。

でも最後に、
もう一つだけ残ってた。

芯。

正直、
一番どうでもいいと思ってた部分。

芯なんて、
太さが合ってて、
折れなきゃいい。

学生の頃から、
ずっとそう思ってた。

でも、
せっかくなら一応見るか、
という軽い気持ちで調べた。

ナノダイヤ。

名前がもう、
理系っぽい。

正直、
この時点で
若干引いてる自分もいた。

細かい理屈、
たぶん理解しない。

そもそも、
理解する気もない。

でもレビューを見ると、
悪いことは書いてない。

書き心地がいい。

折れにくい。

濃さが安定してる。

まあ、
そうだろうな、
という感想。

ここで、
一つ基準を決めた。

違いが分からなくても、困らなければOK。

この基準、
自分でも笑った。

文房具選びとしては、
かなり雑。

でも、
今の目的には合ってた。

違いを楽しみたいわけじゃない。

こだわりたいわけでもない。

勉強中に、芯のことを考えたくない。

それだけ。

ナノダイヤは、
その条件を満たしてそうだった。

実際に使ってみても、
感想はやっぱり地味。

よく分からない。

でも、
困らない。

折れない。

濃さも安定してる。

引っかかりもない。

途中で、
「あ、芯替えなきゃ」
というストレスも少ない。

この「少ない」が重要。

ゼロじゃない。

でも、
気にならないレベル。

勉強してる最中に、
芯の存在を意識する瞬間って、
だいたいトラブルの時。

折れる。

書けない。

薄い。

そのどれもが、
ほぼ起きない。

だから、
記憶に残らない。

ここで、
クルトガとの相性も
効いてくる。

芯が均等に減る。

書き味が安定する。

結果、
ますます存在感が消える。

これ、
褒めてる。

主張しない道具が、
一番ありがたい。

ナノダイヤの芯は、
決して主役じゃない。

むしろ、
いてもいなくても
気づかれないタイプ。

でも、
勉強中には
こういうタイプが一番強い。

僕は、
この芯について
誰かに語りたいとは思わない。

おすすめもしない。

違いも説明できない。

ただ、
困らなかった。

この一言で、
十分だった。

たぶん、
文房具が好きな人から見たら、
かなり雑な選び方。

でも、
今回の目的は
そこじゃない。

気分を下げない。

判断を減らす。

集中を切らさない。

それだけ。

ナノダイヤの芯は、
その役割を
ちゃんと果たしてくれた。

ここまで揃って、
ようやく一式になった。

シャーペン。

消しゴム。

芯。

どれも、
派手じゃない。

感動も薄い。

でも、
勉強中のノイズは
確実に減った。

勉強中より、本番に持って行った時の方が印象に残っている

正直に言うと、
勉強中の記憶は
あまり鮮明じゃない。

毎日コツコツ、
というより。

淡々と。

静かに。

気分を下げないように、
ただ続けてただけ。

クルトガも、
MONOも、
ナノダイヤの芯も。

どれも、
途中から存在感が消えてた。

良い意味で。

使ってる感覚がない。

トラブルもない。

「お、いいな」と思う瞬間もない。

ただ、
邪魔をしない。

だから、
勉強中の記憶としては
かなり地味。

でも、
印象に残ってる場面が一つだけある。

試験当日。

会場に向かう朝。

カバンの中身を確認してる時。

受験票。

時計。

予備のマスク。

で、
文房具。

ここで、
少しだけ気持ちが落ち着いた。

理由は単純。

いつも使ってるやつが入ってる。

これだけ。

特別な勝負ペンとかじゃない。

縁起担ぎでもない。

新品でもない。

ただ、
普段と同じ。

この「同じ」が、
思った以上に効いた。

試験会場って、
それだけで非日常。

知らない場所。

知らない人。

妙に静か。

紙の音がやたら響く。

この中で、
手に持つものだけは
日常の延長。

これ、
かなり安心感がある。

ここでまた、
自分にツッコミを入れる。

「いや、文房具で気持ち落ち着くとか、どんだけ繊細なんだよ」

そう。

めちゃくちゃ繊細。

でも、
本番ってそういうもんだと思う。

普段なら気にならないことが、
急に気になる。

普段なら流せる違和感が、
頭から離れない。

その点、
このセットは
何も起こらなかった。

芯が折れない。

文字が急に太くならない。

消しゴムが伸びない。

消しかすが散らばらない。

どれも、
当たり前のこと。

でも、
その当たり前が
ちゃんと守られる。

これが、
本番ではありがたい。

特にクルトガ。

緊張してると、
ペンを回す動作すら
変になる。

でも勝手に回ってくれる。

自分が余計なことを
考えなくていい。

MONOの消しゴムも同じ。

軽く消える。

紙が汚れない。

焦ってこすらなくていい。

ここで思った。

勉強中に効いてたのは、本番でも効く。

当たり前なんだけど、
この当たり前が
その場になると沁みる。

別に、
この文房具のおかげで
実力以上のものが出た、
なんて話はしない。

そんな劇的なことはない。

結果は結果。

でも、
余計なストレスは
確実に減ってた。

試験が終わって、
ペンを置いた時。

変な疲れ方をしてなかった。

これ、
結構大事。

「あー、疲れた」
じゃなくて。

「終わったな」
くらい。

文房具に対して
特別な感情はない。

でも、
ちゃんと役割は果たしてくれた。

この時、
はっきり分かった。

僕がこのセットを
選んだ理由。

それは、
自分を安心させるため
だった。

性能でも、
コスパでも、
評判でもない。

ただ、
いつも通りでいられるため。

本番に持って行ける、
という事実そのものが、
答えだった。

別に、これを使わなくても勉強はできる

ここまで書いておいて、
こんなことを言うのも変だけど。

別に、このセットじゃなくても勉強はできる。

これは本音。

クルトガじゃなくてもいい。

MONOじゃなくてもいい。

ナノダイヤの芯じゃなくてもいい。

極端な話、
家に転がってるシャーペンでも、
消しゴムでも、
試験は受けられる。

合格する人は、
たぶん何を使っても受かる。

ここで、
話を盛らない。

文房具で人生が変わることはない。

気分が一瞬良くなって、
そのまま何もしなくなる可能性だって
普通にある。

僕も、
それは分かってる。

だからこれは、
万能な解決策じゃない。

「これを使えば勉強がはかどる」
なんて言えない。

ただ、
僕の場合はこうだった。

勉強しなきゃいけない、
という現実は変わらない。

気合いが出ない性格も変わらない。

でも、
机に向かう時の
あの微妙な重さは、
少しだけ軽くなった。

その理由が、
たまたま文房具だった。

それだけ。

クルトガは、
芯を気にしなくてよくなった。

MONOは、
消すたびにイラっとしなくなった。

ナノダイヤの芯は、
存在を忘れるくらい普通だった。

どれも、
劇的じゃない。

でも、
勉強中のノイズは確実に減った。

僕にとっては、
これが一番大きかった。

やる気が出たわけじゃない。

モチベーションが爆上がりしたわけでもない。

ただ、
「まあ、やるか」
と言える回数が増えた。

この差は、
後から効いてくる。

勉強って、
結局は回数。

完璧な一日より、
微妙な日を何回積めるか。

その「微妙な日」を
成立させるために、
僕はこのセットを選んだ。

合う人もいれば、
合わない人もいる。

文房具にお金をかけるのが
ストレスになる人もいる。

そもそも、
道具より内容派の人もいる。

それでいいと思う。

別に、
 やらなくてもいい。

文房具を買わなくても、
勉強はできる。

気合いで乗り切れる人は、
そのままでいい。

僕は、
そうじゃなかっただけ。

だから、
こうした。

調べて。

納得して。

本番に持って行った。

それだけの話。

もし今、
勉強しなきゃいけないのに
気分がずっと下がったままで。

内容以前のところで
毎回つまずいてるなら。

文房具に限らず、
環境をいじる
という選択肢もある。

それがたまたま、
僕の場合は
このセットだった。

同じじゃなくてもいい。

もっと安いのでもいい。

中古でもいい。

自分が「まあ、これなら」
 と思える形なら、何でもいい。

僕は、
これで少し楽になった。

それだけ。

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