「これでいい」と思えるまで、キーボードを触り続けた一日

ヨドバシに行った時点で、もう負けてた気がする

僕はその日、本当に「買うつもり」はなかった。

これは言い訳じゃなくて、事実として。

今使っているキーボードは、壊れていない。

キーは全部反応する。文字も普通に打てる。

つまり、困ってはいなかった

この「困っていない」って状態は、社会人男性にとって最強だ。

今すぐじゃなくていい。

まだ使える。

壊れてから考えよう。

全部、正しい。

それなのに、ヨドバシカメラに向かうエスカレーターに乗っている時点で、もう怪しかった。

「まあ、見るだけだし」

この言葉が頭に浮かんだ瞬間、自分でも薄々分かっていた。

あ、これ、たぶん見るだけで終わらないな

実店舗に行くという行為は、情報を集めに行くことじゃない。

決断が発生する場所に、自分の体を運ぶことだ。

それでも僕は、都合のいい言い訳を並べた。

触りたいだけ。

感触を確かめたいだけ。

勉強のため。

「勉強」って言葉、本当に便利だ。

キーボード売り場の空気に、ちょっと飲まれた

ヨドバシのキーボード売り場は、独特だった。

誰も急いでいない。

誰も店員を呼ばない。

みんな無言で、ただ打っている。

カタカタ。

カチカチ。

コトコト。

音だけが、やけに多い。

棚の前に立った瞬間、正直こう思った。

「多すぎない?」

ネットで見ていたときより、実物はさらに多い。

しかも全部、ちゃんとした顔をしている

どれも正解そうで、どれも間違っていなさそう。

この時点で、少しだけ判断力が鈍った。

フロアのあの独特の空気。

ここに来ると、なぜか人は「ちゃんと選ばなきゃ」という気分になる。

最初にRazerを触ったのは、たぶん、なんとなくだった

正直に言う。

僕が最初にRazerを触った理由は、深いものじゃない。

格好よかったから

黒くて、

角ばっていて、

いかにも強そう。

「分かりやすく良さそう」

この時点で、もう楽をしようとしていた。

難しい比較をしたくない。だったら、“良さそうなやつ”を触ればいい。

Razerのキーに指を置く。

カチッ。

あ、これこれ

メカニカル特有の感触。

重さ。

反発。

音。

「やっぱ、俺メカニカル好きだわ」

この瞬間、少しホッとした。

迷ってはいるけど、好み自体はブレていない。

これは、自分にとって結構大事な確認だった。

メカニカルが好きなはずなのに、なぜか決まらない

数分、Razerで文章を打つ。

悪くない。むしろ、いい。

でも。

欲しい、とは違う

テンションは上がる。触っていて楽しい。

なのに、家で毎日これを使っている自分が、うまく想像できない。

ゲームなら最高。デモなら楽しい。

でも、仕事用として考えた瞬間、気持ちが一歩引いた。

ここで、自分にツッコミを入れた。

「格好いい=合う、じゃないぞ」

そこから、メカニカル中心に片っ端から触り始めた。

メーカーを変える。

値段を見る。

キー配置を確認する。

触る。

打つ。

意味のない文章を書く。

「悪くない」

「これもアリ」

「普通にいい」

どれも、70点。

70点が並ぶと、人は選べなくなる。

このとき、ようやく気づいた。

僕が求めていたのは、楽しさじゃない。使い続けられる感じだった。

触りすぎて、自分の感覚が信用できなくなってきた

しばらくすると、明らかに指が疲れてきた。

さっきまで感じていた違いが、薄れていく。

どれが良かったのか。

何が違ったのか。

正直、よく分からない。

こうなると、人は数値に逃げる。

値段を見る。

レビュー数を見る。

「売れてます」の札を見る。

感覚で選びに来たのに、その感覚が信用できなくなっている

これは、かなり危険な状態だった。

一瞬、本気で思った。

「今日はもう帰ろうかな」

決断しなくて済む。

また今度でいい。

この選択は、ものすごくラクだ。

でも、足が動かない。

ここまで触ったのに、何も得ずに帰るのが悔しい。 完全に、サンクコスト。

その中に、佇んでいた

正直、最初は探してなかった。

ZENAIM KEYBOARD。

事前に名前は見ていた。でも、特別に気にしていたわけじゃない。

売り場の棚の一角に、普通に置いてあった。

光っていない。

叫んでいない。

「最強」も「覇権」も書いていない。

その静かさが、逆に目に入った。

「まあ、一応触っとくか」

期待はしていない。期待しないようにしていた。

期待すると、外れたときに疲れる。

この時点の僕は、もう十分疲れていた。

キーに指を置く。

一打。

……。

言葉が出てこない。

良い。

悪い。

その前に、

頭の中が黙る

固い。

でも、硬すぎない。

押した分だけ、ちゃんと返ってくる。

深く押し込まなくていい。指が迷わない。

このとき、さっきまで売り場を覆っていた「比較のノイズ」が、一瞬だけ消えた。

カチカチも、コトコトも、どうでもよくなる。

ただ打っている

頭で「選ぼう」とするのをやめた瞬間、指のほうが先に「これでいい」と判断していた。

ここでようやく、レビューでよく見る「打鍵感がいい」という言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。 説明できない。でも、否定もできない。

値段を見て、一度ちゃんと現実に戻った

次にやったことは、反射的だった。

値札を見る。

……高い。

思わず、もう一回見る。

やっぱり高い。

「キーボードだぞ?」

一気に現実。

さっきまでの無言の時間が、少し恥ずかしくなる。

即、手を離した。

「無理無理」

冷静になれ。これは贅沢だ。合理的じゃない。

そう言い聞かせながら、さっきまで触っていた他のキーボードに戻る。

他のキーボードとの間を、たぶん5往復した

戻って、触る。

悪くない。安い。正しい。

「やっぱ、こっちだよな」

……でも。

頭の片隅に、さっきの感触が残っている。

もう一回だけ。

ZENAIMに戻る。

触る。

……。

戻す。

また他を見る。

この往復、たぶん5回以上。

自分でも、ちょっと笑えてきた。

比較しているというより、確認している

「やっぱり、これか?」

を、自分に問い続けている。

ここまで戻ってきてる時点で、もう答えは出てるんだと思う。
それでも、決めるのが怖かっただけだ。

値段以外の不安は、もう消えていた。

残っているのは、覚悟だけ。

決断した瞬間、頭の中は意外と静かだった。

性能も。

数値も。

評判も。

正直、どうでもよくなっていた。

浮かんだのは、これだけ。

「毎日これを触るなら、こっちだな」

高い。それは事実。

でも、違和感がない。

ここでようやく、自分に許可を出した。

「まあ、いいか」

盛り上がりはない。

ガッツポーズもない。

ただ、判断が終わった。 それだけ。

家に持ち帰ってから、少しだけ不安になる

ヨドバシの袋を持って、電車に乗る。

座っている間、袋がやけに目に入る。

重い。

物理的じゃなくて、値段の重さ

さっきまでの納得が、電車の揺れと一緒にじわっと薄れていく。

「勢いだったかな」

この感情、正直もう慣れている。

高い買い物をしたとき、だいたいこうなる。

家に着いて、箱を机の上に置く。

すぐには開けない。

一回、手を洗う。

この“間”がある時点で、少しビビっている。

でも、これも想定内。

箱を開けても、派手な感動はない。

「おおー!」

でもない。

ただ、「ちゃんとしてるな」という感想。

デスクに置く。

配線する。

一歩引いて、全体を見る。

「あ、これでいいや」

この感情、かなり久しぶりだった。

使い始めて最初に感じた変化は、速さでも効率でもない。

ミスが減った

正確には、ミスしそうになる前に指が止まる。

キーが短い。反応が返ってくる。

「あ、今押したな」

って分かる。

これが、地味に安心感になる。

数日経って、ふと気づく。

有線かどうか、まったく考えていない

充電を気にしない。接続を疑わない。 考えることが、一つ減った。

正直に書くと、向いてない人もちゃんといる

もちろん、完璧じゃない。

高い。

有線のみ。

打鍵感は固め。

柔らかい感触が好きな人。静音最優先の人。無線が必須な人。

たぶん、合わない。

これは、無理にフォローしない。

「良いキーボード」じゃなく、「合う人が限られるキーボード」

僕には合った。それだけ。

ここまで迷わなくてもいい。

ネットで買ってもいい。別のキーボードでもいい。

僕は、ヨドバシに行って、触って、悩んで、何度も戻って、納得した。

その結果が、
ZENAIM KEYBOARDだった。

別に、買わなくてもいい。

本当に。

でも、もしどこかの売り場で同じようにウロウロしていたら、

「ああ、こんな迷い方する人もいるんだな」

って思い出してくれたらいい。

人生は変わらない。

仕事も劇的には楽にならない。

ただ、毎日触るものへの小さな違和感が、一つ減った。

それで、僕は十分だった。

これはおすすめの話じゃない。僕が、迷って、納得しただけの記録だ。

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