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「本物になりたい」と思った夏が、俺にはある。
きっかけは大したことじゃない。鏡の中の自分が、いつも通りのTシャツに、いつ買ったか思い出せない帽子をかぶっていた。それだけだ。だがその日の俺には、それが妙に「間に合わせで生きている男」に見えた。服も、持ち物も、どこか全部が代用品。何か一つでいい、言い訳のきかない本物を身につけたい——そうして選んだのが、帽子の王様ボルサリーノの、それも本パナマのハットだった。
以来、夏の間ずっとかぶっていた。結論から言えば、この帽子は「本物になりたい」という漠然とした欲望に対する、かなり具体的な回答である。
ボルサリーノのパナマハットとは:夏の帽子の頂点
ボルサリーノは1857年創業、イタリアの帽子ブランドだ。映画の中のギャングも探偵も、頭にはだいたいボルサリーノが乗っていた。「帽子といえば」の代名詞を160年以上続けている老舗である。
そしてパナマハット。名前に反してパナマではなくエクアドル原産の、トキヤ草という植物を手で編んだ夏の帽子だ。天然素材ゆえに軽く、風を通し、日差しを遮る。つまり夏の実用品としての性能と、格式という記号性を両立している珍しい存在である。俺が選んだキート(ミディアムブリム)は、つばの広さが日常使いにちょうどいい塩梅のモデルだ。編みの細かさやモデルで価格は大きく変わる世界なので、詳細はリンク先で確認してほしい。
ひと夏かぶり倒した本音レビュー
俺の感想はこうだ。
夏の本命。本物のパナマでできている。とにかく本物になりたいと思っていた時に購入し、夏の間はずっとかぶっていた。
光の部分を具体的に語ろう。まず、被り心地が軽い。天然の編みは頭の上で呼吸をしていて、真夏でも蒸れの不快感が段違いに少ない。直射日光がつばで切られるだけで、体感温度は明確に変わる。「夏に帽子は暑い」と思っている人は、化繊の帽子しか知らない可能性が高い。パナマは夏のための機能素材である。
次に、これが本題だが、装いへの効果だ。パナマを頭に乗せると、Tシャツと短パンが「手抜き」から「休日のスタイル」に変わる。シャツにスラックスなら、もう街のどこに出ても恥ずかしくない。帽子は面積のわりに視線を集めるパーツで、そこに本物が乗っているという事実が、着ている本人の背筋まで変えてくる。「夏の間ずっとかぶっていた」のは、気に入ったからでもあるが、正確には、これなしの夏の装いが物足りなくなったからだ。
闇も書く。第一に、天然素材の宿命として、雨と汗に強くない。夕立の気配がある日は連れて行くか迷うし、汗染みを防ぐケアも要る。第二に、置き場所問題。つばのある帽子は、脱いだあとの居場所に常に困る。飲食店で膝に乗せ、電車の網棚を信用できず、結局手に持って歩く場面がある。第三に、値段だ。帽子としては明確に高級品で、「とりあえず夏の帽子が欲しい」というニーズには過剰である。
実際の夏の運用記録を書いておこう。7月の炎天下、駅までの徒歩10分。パナマのつばが作る影は、顔と首筋への直射を確かに切ってくれる。日傘を持つほどではないが日差しは憎い、という男の夏の最適解として、これほど理にかなった装備はない。汗をかいたら、内側のスベリ(汗止めの帯)を乾かすために風通しのいい場所で休ませる。夕方、飲みの席で椅子の背にそっと預けたパナマが、店の照明で編み目の陰影を見せているのを眺めながら一杯やる——この一連の所作ごと、夏の楽しみになっている。帽子は着るものではなく、連れ歩くものなのだと、ひと夏で学んだ。
「本物になりたい」という動機についても、もう少し掘っておきたい。あの夏の俺が欲しかったのは、たぶん帽子そのものではない。「間に合わせではないものを選んだ」という事実だった。人は自分の選択の集積でできている。安いから、無難だから、みんな持っているから——そういう理由の買い物ばかりが積み重なると、鏡の中の自分もどこか「理由の薄い男」に見えてくる。逆に、歴史と作りに納得して選んだものが一つ頭の上に乗っているだけで、その日の選択全体に背骨が通る。ボルサリーノは高い。だがこの背骨の通し方としては、時計や車よりずっと安い。
店で試着したときの話も参考までに。パナマは同じモデルでもサイズと被り位置で顔が激変する。深めに被れば陰影が出て渋くなり、浅めに乗せれば軽やかになる。俺は店の鏡の前で15分粘り、店員に「眉が少し見える深さ」を勧められて腹落ちした。通販で買う場合も、サイズ表と自分の頭囲の照合だけは絶対に省かないでほしい。帽子のサイズ違いは、服のサイズ違いより残酷に出る。
保管はハットボックスか、型崩れしない棚の定位置に。シーズンオフに雑に吊るされたパナマほど悲しいものはない。本物には、本物の休ませ方がある。
総評するなら、機能としても記号としても、夏の装いの主役を張れる本物。ただし雨と保管という「本物の世話」まで含めて楽しめる人向けだ。
パナマハットは買いか:帽子への期待値で診断する
夏の帽子選びは、期待値で3派閥に分かれる。
(1)日除け最優先派。 涼しくて、洗えて、気兼ねなく使えればいい。この派閥の正解はキャップや機能素材のハットであり、パナマではない。道具に世話を求められたくない人が本物を買うと、不幸になる。
(2)夏のおしゃれ強化派。 装いに夏らしい格を足したい。パナマ入門としては、まず手頃な価格帯のパナマ(それでも本パナマはある)で試す手もある。ただし、編みの細かさと形の美しさは価格に正直で、いずれ上を見たくなる沼でもある。
(3)一生モノ派(ボルサリーノはここ)。 どうせかぶるなら、言い訳のきかない本物を。この派閥にとってボルサリーノは「上がり」に近い選択肢だ。丁寧に扱えば長く付き合えるし、ブランドの歴史ごと頭に乗せる満足感は、代用品では決して得られない。
買ってはいけない3か条。一、雨の日も晴れの日も同じ帽子で通したい人(天然素材は天気を選ぶ)。二、帽子を無造作にカバンへ突っ込む習慣のある人(型崩れは涙で戻らない)。三、「本物になりたい」という気持ちに心当たりが一切ない人(この帽子の価値の半分は、その気持ちが受け取るものだ)。
パナマ初心者からの定番の質問にも答えておこう。
Q. スーツじゃないと浮かない? 浮かない。むしろ現代のパナマの主戦場は、Tシャツ、リネンシャツ、ポロといった夏カジュアルの上だ。装いが軽いほど、頭の上の本物が全体を引き締める。スーツやジャケパンに合わせれば、今度は正統派の風格が出る。守備範囲は思っているより広い。
Q. サイズの測り方は? メジャーで頭囲(眉の上あたりの一番太い周囲)を測り、サイズ表と照合する。帽子は0.5〜1cmの差で快適さが激変するので、ここだけは絶対に省略しないでほしい。きつい帽子は頭痛を、緩い帽子は風との敗戦を招く。
Q. 雨に降られたらどうする? まず慌てず、水気を柔らかい布で優しく押さえ、形を整えて風通しのいい日陰で自然乾燥させる。ドライヤーの熱風は厳禁だ。天然素材は急激な乾燥で歪む。そもそも降水確率が高い日は連れ出さない、が最良の防御である。
Q. シーズンオフの保管は? 型崩れしないよう、帽子の形を保てる場所に。箱があれば箱へ、なければ棚の定位置に置き、上に物を乗せないこと。来年の夏、箱を開けた瞬間にまた「本物」と再会できるかは、この保管にかかっている。
最後に、買う時期の話を。パナマは夏物の宿命で、シーズン序盤に品揃えが最も充実し、盛夏には人気サイズから消えていく。「暑くなってから探す」と選択肢が減っているのが常なので、狙うなら初夏の入りが賢い。夏の主役のオーディションは、夏が来る前に終わっているのだ。
それから、パナマを被って過ごす夏には、おまけの効能がある。信号待ちで、ふとショーウィンドウに映る自分に目が行くようになるのだ。以前の俺は、映り込む自分から目を逸らす側だった。頭の上に本物が一つあるだけで、自分の姿を確認するのがちょっと楽しみになる。自己肯定感などという大げさな言葉は使いたくないが、夏の路上のガラスに味方が増える感覚、とだけ言っておく。
結論:「本物は、使い倒した者だけを本物にするの法則」
最後にまとめよう。今回の教訓は「本物は、使い倒した者だけを本物にするの法則」である。
高い帽子を買っただけでは、人は何者にもならない。クローゼットで眠るボルサリーノは、ただの高価な編み物だ。だが、ひと夏ずっとかぶり、雨を避け、汗を拭い、置き場所に悩みながら連れ歩いた本物は、いつの間にか持ち主の一部になる。「本物になりたい」の正体は、本物を日常で使いこなす自分になりたい、ということなのだと思う。
間に合わせの帽子で今年の夏をやり過ごす前に、一度リンク先で本物の顔を見てほしい。値段に怯んだら、それを「ひと夏の主役への出演料」と換算してみることだ。俺の夏は、それで元が取れた。


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